始まりはそう。何でもなかった。嵐があったわけでも、星が落ちたわけでもない。
それは、ただいつの間にかそこにいたのだ
それは、深い月明かりの晩。
夜の森を、月に照らされ、獣が歩いていた。
獣は、木々を通り抜け、落ちた実を嗅ぎ、ただ月明かりに歩く。楽しげな散歩のように、ぐんぐんと森を歩く獣は無邪気にみえた。
そうして歩いていた獣は、何度目かの月が雲の瞼を纏う頃に、ふと木々が開けた場所に出た。
月明かりは薄ら眼に、途切れ途切れに広場を照らしている。あちらこちらには視線から隠れるように、暗闇たちが蠢いていた。
「……」 暗い広場に獣は僅かに足を止めたが、再び歩き出す。
夜目が効くのか、それとも好奇心は止まらないのか? 獣は臆することもなく、鼻を鳴らしながら広場へと入ると、ぐるりと広場を見渡し始めた。
────広場には幾本の光の線が刺さっている。幻想的で、童話的な、まるでスポットライトの様に。
それを前にした獣はまず、光の強い左に視線を向けた。
左、何も無い。原っぱが主役のように手を広げ、月光に照らされている
前、きのみが生えている。美味しそうだ。
み…
獣は場の片隅に視線を向けると、ぴたりと動きを止めた。何故気づかなった。片隅に、何かがいる。
「……!」
獣の目線と注意は、片隅の何かに注がれた。だが、足は引き、耳は細かく動いている。
……雲がゆっくりと動き、月が瞼を開く。森の開けた広場を、何かを照らし始める──
広場の片隅に、何かが倒れている。白い髪のような鬣、大きな目、口から飛び出す鋭い牙。
──獅子だ、獅子が倒れていた。だが、獣は獅子をより深く警戒している。
月明かりに照らされたその獅子は、まさに異形としか言えなかったからだ。
頭には捻れ曲がった角が幾つも生え、胴は異様に長い。
開いた口には鋭い牙が並んでいるが、それは下顎にしかなかった。
そしてその内側には、人や亀のように平べったい歯が並んでいる。
……だが、何よりも異質なのはその胴体であった。月に照らされ行くにつれ、よく見えた。
もとは綺羅びやかであったろう、赤布と鉄で彩られた胴体。その布地の下からは人の手足が生えている。五本指の手が2つに、同じく五本指の足が4つ。
「グググ……」
獣は唸る。それは警戒的好奇心なのだろう。これは、何だと……
「ググッ」獅子、いや違う。獅子ではない。
獣は知らない。知っていても関係がない。獣は警戒していた。だが……
サー、と風が草木を吹き撫で、焼けた匂いを届ける。突如として獣は駆け出し、広場を離れた。
それから一分もしないうちに、広場に何かが聞こえてくる。
ハッハ、タッタ。ハッハ、タッタ。必死の息遣いと足音。だが息は小さく、音の間隔は短い。子どものものだ。
草むらががさりと揺れ、ハッ、と子供は、子どもが広場に飛び出し、駆け続ける。いや駆けようとした。
「…っぁ」 だが、転んだ。
月はこれから起こる事を厭ったのか、再び眼を閉じる。すぐさまに暗闇が蠢き出し、子どもを隠すかのように広場を覆────
そして僅かに遅れ、ガチャガチャと金属が擦れる音と、赤い松明の光が届く。
林の中から、ぬっと、軽鎧をきた男たちが現れた。彼らは様々に、その貌に、情を浮かべている。
嗤う者、堪える者、倦む者、見据える者。
すなわち、皆殺しだ。
彼らは武器を手に子供に迫る。ガチャリ、ぐらり。ガチャリ、ぐらり。
彼らが歩くと、武具が鳴り、松明が揺れ、異音の中で影が崩れる。影が揺れ、変じてゆく。声と共に揺れ、変じてゆく。
暗い森の中で、怪物のように、異形のように、人ならざるもののように。
「……!」 子どもが息を呑む。その照らされてゆく顔は、まるで彼の村のようだった。
────燃えている。松明は傲と燃えている。赤く、泥のように暗く、燃えている。
昏く、略奪者を照らしている────
「──……」
獅子の、──人の手が動いた。
腕は獅子の頭に添えられ、足は獅子の足へと代わる。添えられた手が、獅子の咆哮を伝える。
「────!!」
────咆哮が松明を揺らがせ、火を弱らせる。
「…! dArE……」
「!! nAnNdA、@/wO:[!!」
獅子に気づきくと、子供は後ろを見やり、賊は武器を構えた。
月明かりが、彼らを照らし始める──
「…………」
獅子は、獅子は佇んでいる。賊を、賊の火を見やり、佇んでいた。
────雲の幕が剥がれ、月の光が、広場を、舞台を照らす。
舞いが舞いが、なされる──
──左脚が立ち上がり、踏み鳴らされる。歯が噛み鳴らされ、伝え響く。それは荒れ狂う様、怒りを演じる舞い。
即ち冬、即ち嵐、即ち雷。それ即ち、荒れ狂う天を示す。ならば演じなされるは、神獣にほかならず。
舞いが舞いが、舞いはなされる──
──四肢が持ち上がり、地を踏みつけ、四肢がかき鳴らされる。
それは舞、払いの舞。災禍払う、神獣の舞。神獣獅子舞。
舞いは舞いは、舞いなされる── たとえ異邦の地、異郷の空下だろうと、舞いなされる。
「────!!」
四肢が立ち上げ、獅子を立ち上げ、舞をなす。火を火を火を、払い舞う。
神獣獅子舞、異邦の譚・火払い
•子ども
村から逃げてきた。ただの子ども。
巻き込まれ死んだか、生き延びたか、それは今のところ分からない
・兵士
賊(兵士) 仕事でやってきた。強さは普通。
彼らの火が起こしてしまった原因の一つとなった。
・獣
一般通過獣。かしこく賢い。狼に似ている。
そんなことはないと思うが、もしかしたら火を嫌がって何処かから流れてきたのかもしれない。
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